長都温泉の鉄道撮影記

あちこちでカメラを構えて列車を撮ってます

【北海道遠征⑨】旧名寄本線の遺構を訪ねて

2025年9月19日(金)

その⑧の続きで、今度は旧名寄本線の遺構へ。

 

かつて名寄から興部・紋別を経由し、遠軽を結んでいた名寄本線

途中、渚滑からは先ほど寄った渚滑線が、興部からは興浜南線といった盲腸線が分かれる「本線」としてオホーツク海沿岸と内側を結んでいました。

 

とはいえ、沿線は一部を除いて人口希薄地帯。

年々減少する利用客に反比例して赤字が増加し、1985年の第2次特定地方交通線に指定され、分割民営化後の1989年に全線が廃止されることに。

 

今は4つのバス会社の路線によって名寄~興部~紋別遠軽が結ばれています。

 

また、国鉄再建で赤字路線が次々と廃止になりましたが「本線」と名の付く路線で全線廃止になったのは名寄本線のみ。

新幹線開業によって第三セクター化している路線はあるものの、なんとか「本線」系統は全線廃止を免れています。

※2026年4月をもって留萌本線深川~石狩沼田間が廃止されるので、唯一の「本線」廃止ではなくなる…(2番目も北海道の路線なのはなんとも…)

 

さて、車を走らせてやってきたのは下川町。

 

首都圏色のキハ22

名寄本線下川駅跡地にある下川町バスターミナル合同センターに併設されているにぎわい広場へ。

 

キハ22 237+キハ22 245

ここではかつて名寄本線で活躍したキハ22が2両保存されています。

今年に入ってから塗装が綺麗になったようで、塗装はとても綺麗です。

(SNSの目撃を見ると5月~7月の間に塗り替えられた模様。)

 

JRマーク

塗り替えられる前は緑色のラインが窓枠の下に入っており、白いJRのマークはなかったようで。

JRマークが入るだけで、見たことある分割民営化を乗り越えた国鉄車ぽさがあります。

 

中は簡易宿泊所のよう

中は元からあったボックスシートは剝がされ、名寄側キハ22 237には木の床に座布団が、興部川のキハ22 245にはカーペット敷きでテーブルの置いてある休憩室のような内装に。

 

2両連結して鎮座

一応ライダー向けの簡易宿泊所のようで観光協会に連絡すれば泊まれるようなのですが、今年は塗替え工事があったためなのか休止しているようで。

 

かつては旭川まで直通運転も

そのためか中には入れなかったので外から見学。

ここだけ見ると廃止前の1985年から時が止まっているよう。

 

120km/hまで出せるらしいが出すことはあったのだろうか…?

こういう廃車を活用したところに泊まって夜を明かすのもいいかもしれませんね。

 

かつて照らしたその先へ

このまま名寄寄りに廃線跡を辿っていくと名寄市北国博物館にあるキマロキ編成へと続いていきます。

 

広場にも線路のタイルが

今日は興部町方面にこの後は向かってみます。

その⑩に続く。