2026年3月14日(土)
その①の続きで、安田川に沿って旧魚梁瀬森林鉄道跡を辿って魚梁瀬を目指していきます。
当時の隧道や橋梁などが産業遺産として今も多数残されている旧魚梁瀬森林鉄道。
高知県馬路村魚梁瀬の森を覆う天然杉である魚梁瀬杉を沿岸部まで運搬するため、設けられた森林鉄道です。
1911年に田野~馬路間が開通したのきっかけに総延長を伸ばしていき、1919年には石仙(今の奈半利川と中川の分岐点付近)まで開通し魚梁瀬杉の運搬が行われるようになりました。
ただ、安田川線は途中逆勾配があったり、奈半利川沿いの杉の産出エリアをカバーできないといった問題もあり1933年までに奈半利川貯木場まで続く奈半利川線が開通し、その後も数々の支線が開通して行きました。
1942年には総延長250kmに及ぶ日本国内屈指、そして高知県内最大の森林鉄道網が完成が完成して行きました。
木材輸送のための鉄道でしたが、当時は道路が未発達だったこともあり山に暮らす人々にとってはなくてはならないライフラインでもあり、地域住民の足でもありました。
しかし、1957年に奈半利川上流に発電目的のダムである魚梁瀬ダムの建設が決まると魚梁瀬森林鉄道はその木材の搬出エリアが水没することに。
当初は林業の要である森林鉄道がなくなることに地元住民は反対していたものの、代々輸送路となる道路の建設が決まると魚梁瀬森林鉄道はその任をトラックに委譲し、線路を徐々に撤去していくことに…
そして、1964年最後まで使用されていた支線部分が運用停止となり53年にわたる森林鉄道としての歴史に幕を下ろしていきました。
その後2009年には日本の森林鉄道においては最初期に建設され、廃線後も遺構が残存しており、林業技術上貴重なものとして国の重要文化財に指定され今に至ります。



さて、そんな旧魚梁瀬森林鉄道の廃線跡に沿って行くと最初に現れる遺構であるエヤ隧道。
ナローゲージである森林鉄道の車両が通れる大きさなのですが、けっこう広く(?)感じます。

トンネル内は堅牢な様子でしたが立ち入り禁止だったので、横の道を通って反対側へ。
反対側のトンネル坑もしっかりと残ってますが、周囲の岩など今にも崩れてきてしまいそうです…


続いては二つめの隧道バンダ島隧道。
こちらは森林鉄道らしい狭小トンネルの感じがします。
切通の先にあるからそう見えるのかな…(?)

そんな隧道に繋がる道も狭く車一台がギリギリ通れる広さのみ。
今回軽自動車を借りて正解でした。
(後になって知りましたが先ほどのエヤ隧道からこの先の明神口橋までの区間は軽自動車のみ通行可能だったらしい。)


ということで隧道の反対側へ。
今も残っているのが奇跡なくらい綺麗に手入れされています。


そして3番目の隧道オオムカエ隧道。
エヤ隧道やバンダ島隧道と違って何かを模っていたのかトンネル坑上部に模様があしらわれています。

海側は森林鉄道時代からの石積でしたが、反対側はトンネル保護のためかコンクリートと鉄板が。
あとトンネル出たところに急なカーブがあってちょいと危ないですね。
さてそんな隧道群を抜けて行くと安田川に架かる赤い橋梁が見えてきました。
その③に続く。































































































