2026年3月20日(金)
その⑥の続きで、秋田総合車両センター(土崎工場)で開催された、電気機関車撮影会「続・往年の電機、集結の刻」 に参加しています。


寝台特急エルムのHMを装着したED76 767。
寝台特急北斗星が1989年以降往復3本化されたもののバブル好景気のあおりもあり、供給が足りなかった時に運行された臨時寝台特急だったエルム。

個室や食堂車、ロビーカーは連結されず、解放B寝台主体で運行されていたそうな。

こちらは大阪と青森・函館を結んでいた寝台特急日本海。
寝台特急トワイライトエクスプレスと異なりこちらは日本海縦貫線の主要都市に丁寧に停車していく列車でした。
ED75が牽引していた時代もありましたが、晩年は敦賀地域鉄道部敦賀運転センター所属のEF81が大阪~青森間を全線スルーで運転していました。
一方客車は青森車両センター所属の24系を使用していたりと、2社の車両を使用しての寝台特急でした。

EF81 101に牽引された列車はまだ冬に埋もれた青森駅を発車していきます
愛称なき急行列車として1947年に運行を開始し、1968年に寝台特急化と歴史を歩んできた寝台特急日本海ですが、航空網の発達による利用者減少、使用されている24系の老朽化等が重なり2012年3月のダイヤ改正でもって廃止となり、翌2013年まで季節臨として細々運行されていました。
自分は2012年のラストランの時に青森に行き撮影したり、見送ったりしていました。
(ラストランからもう14年ですか…)


伝説となった2009年~2010年の1年間だけ、寝台特急あけぼのの上野~長岡間の牽引機を担当したEF64 0番台。
長岡車両センター所属のEF64 1000番台の運用に余裕がなかったため、高崎車両センターから茶釜のEF64 37と国鉄色のEF64 38が転属し、寝台特急あけぼのの牽引を務めていました。


なぜか栗橋で撮影していたらしい
翌2011年に寝台特急北陸が廃止されたことにより、EF64 1000番台の運用に余裕が出たことで牽引機はEF64 1000番台へと変わり、EF64 0番台の2両は高崎へと帰って行きました。
その後は中央本線系列の工臨を担当したり、高崎のイベント列車の牽引をしたりし2021年11月。
長年親しんだ高崎車両センターを後にし、秋田は土崎工場へと廃車回送さえていきました。
最後の頃は土日出勤も多い部署にいたこともあり中々追いかけることが出来なかったのですが、今思うと引退前後の頃にもっと本気で追いかけろよと当時の自分を叱責したい気持ちが沸き上がってきてしまいます。
(その反動もあって高崎や新潟のEL類の引退はかなりしっかりと追いかけてしまいました(笑))
さて、HMが取り付けられたELを一通り見たところでそろそろHMの付け替え、そして個人の方が持ち込まれたHMが掲出される時間がやってまいりました。
その⑧に続く。